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2006年 03月 24日

鈍感

なんでだろう、
追いコンも卒業式もその後の飲み会も終わって
いまだに卒業の実感がわかない。
りえがまだ京都にいるからかな。
またいつも通り集まれる気がしてしまう。
ほんとはもうさよならだった人もいるはずなのに、
私は旅行の準備とか、引越しの準備とか
いつも前日ギリギリまでしない人だから
今回のさよならもギリギリまで気づかないんだと思う。
それで気づいたときにはきっともうみんないなくて、
一人で泣いたりするんでしょう。
それを思うと悲しいな。
でもまだだ。
もう少し。
あともう少しだけ。
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by ericosan | 2006-03-24 10:56
2006年 03月 19日

卑弥呼とダイブ

e0013575_12405334.jpg
やばい。
海遊館、めっちゃ楽しい。
あの大きな水槽のてっぺんから
誰か私をつきおとしてください。

海にかえりたい。




久しぶりのドライブ。
外はあいにくの雨。
一路向かったのは南港。
目の前に広がる魚王国に
一同大ハッスル。e0013575_1246402.jpg
年も場所もわきまえず
大水槽の前を転がりながら撮影。
観覧車で意味なくムーディーになり
帰り道で事故にあう。
コールポリス。
満場一致で「ドンキーやな。」
京都駅から芸能人しりとりして歩く。
ネタもつき果て、ついには
「ムック」「キテレツ」。
二条駅につく頃、
イシザワから出た人名
「魏志」
魏志倭人伝の魏志ですって。
ボキャブラリー半端ない。
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by ericosan | 2006-03-19 12:57
2006年 03月 13日

フォトグラヒィー

終わったー。
高校の頃「ちゃらんぽらんとい言葉がぴったりね。」といわれた私が、
写研で幹部になって、唯一頑張ってきた(と勝手に思っている。)
仕事、写真研究会機関紙フォトグラヒィーが本日をもってついにおわりました。

やーしかし400冊という数字をなめてた。
尋常じゃなかった。積み上げられた紙を前に呆然。
三時間。プリントおかれた机のまわりをぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐる・・・・
三時間4人で回り続けて、(プラス2人はホッチキス係)
指の油とかしまいにはなくなって、指先さらさらすべすべなるし、
年配のエムさんは後ろからのプレッシャーに負けて、わさーーって落したりするし
ケンタは仕事遅いし。遅くて丁寧ならまだしも、遅いだけやし、
大変やったけど、できあがった時は400冊の前で記念撮影して
拍手喝采しちゃうほど、うれしかった。
そして手伝ってくれた人たちに本気で感謝した。
小山くん、つかさ、ケンタ、長岡さん、エムさん
ほんとありがとう。ありがとう。ありがとう。

ここ数日ずっと寝なかったり、慣れない早起きしたり、
フォトグラ作るのに、ほんとにしんどかったけど
はーもーいや、作れへんとか思ったけど、
みんなの協力もあって、無事完成できました。
そしたら今日「ありがとう。」なんて私にゆってくれる人もいて
しんどかったけど、ああよかった。頑張ってよかったって思った。
喜んでくれる人がいたら、私しんどくても頑張れるわと思った。

でも私この先の人生で、編集者だけにはならん。

ではみなさん。
卒展に来た際には持ってってくださいね。フォトグラヒィー。
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by ericosan | 2006-03-13 00:45
2006年 03月 07日

明日こそ

午前中に起きたい。
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by ericosan | 2006-03-07 04:01
2006年 03月 05日

3月の窓

昨日ストパーかけました。
仕上がりのときに、
802のDJみたいな美容師に
「ま、こんなもんですわ」
といわれました。
「ま、(あんたの髪じゃ)こんなもんですわ。」
ってこと!?そりゃテンパーですけど!
アンケートの「髪の悩みはありますか?」
の欄にも「くせ毛がひどい。ひどすぎる。」
って念押しでかいたけど!
こんなもんですか。そうですか。。
…被害妄想がひどくなる3月です。

さて今日は
なにしよう
なにしよう

二時半です。
学校にいくにはちょっと遅い。
でも、この部屋の、くもりガラスの
窓から入ってくる午後の光は
どうにもこうにも、気持ちよさそうで、
どこかに行かなくちゃ。

どこだろ。
やはりカモリバーかしら。


と思ってたけど、
まいちゃんがブログで
今は友達と会っとかなあかんみたい、と
一人で本とか読んでる場合じゃないらしい、と
書いていたので、誰か探します。
まさに一人で本とか読もうとしてた私。

てことでのりさんゲット!
町にでます。
わーい!
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by ericosan | 2006-03-05 15:06
2006年 03月 02日

眠れない夜には

時計はいらない。
って昔L⇔Rが歌ってましたね。

あと1時間したら、城崎にむけて出発なのに
眠れません。なぜならば昨日夕方5時まで寝ていたから。

眠れないので話をしましょう。

私がイタリアに行ってすぐに、おばあちゃんが死にました。
私のおばあちゃんは、私がまだ中学生だった頃、
夏休みの、ちょうどお盆の夜に急に倒れました。
その時に右の脳がやられてしまったため、
それから体の右半分がずっと不自由で
言葉もうまく話せず、自分で歩くこともできませんでした。
それでも、お正月やお盆には病院から家に帰ってきて
みんなでご飯を食べたりしてました。
私たちが帰ろうとすると、いつも少し涙ぐみながら、
弱々しく笑って、ゆらゆら手を振っていました。
今年のお正月も、そうやっていつもどおり
おせちとお雑煮を食べて、ばいばいしたのに
数日してから、お母さんからメールで
おばあちゃんが危ない状態にいることを知らされました。
病院に行くと、おばあちゃんはベッドで眠っていて、
その口や鼻にはチューブがつながれていました。
チューブを通して機械で酸素を送りこむため、
その肺は上下に大きく膨らんだり縮んだり、
機械音に合わせて不自然な動きを繰り返していました。
自分で呼吸しようとすると、機械のリズムとずれて
酸素がうまく肺に入らず余計に苦しくなるからといって
意識を戻さないように鎮静剤を打つため、
両腕は注射のあとでいっぱいでした。
その光景は衝撃で、
ここまでして人の命をつなぎとめる意味があるのかと
考えられずにはいられませんでした。
ただおばあちゃんの手を握ると
まだあったかくて、それが余計に悲しかった。

私がイタリアから帰ってくると
おばあちゃんは小さい箱と写真になっていて、
お葬式の写真を見せてもらったけど、
なんだか他人事のような変な感覚でした。
でも遺影の前で手を合わせて「ごめんね」と謝ると、
ふいに、昔の元気だった頃のおばあちゃんが
脳裏に現れて、笑いかけてくれました。
それは私が中学以来忘れていたおばあちゃんでした。
体が麻痺してしまう前のおばあちゃん。
派手な化粧にサングラスのおばあちゃん。
手を握る力が強すぎて、
手をつなぐのが嫌だったこと。
いつも弟ばかりかわいがるおばあちゃんが、
本当は少し嫌いだったこと。
中学の頃におばあちゃんが倒れてからは
かわいそうだとか、優しくしようとか
そんな気持ちしかもっていなかったけど、
もともとのおばあちゃんと私はそんな関係じゃなかった。
私はそれを忘れかけていたんだけど、
でも、この時私に笑いかけてくれたのは
まぎれもなくその頃の、おばあちゃんだった。
そのことに妙にほっとして、何回も、ごめんね、
お葬式にも出れなくてごめんなさいって謝った。
それから花屋さんに新しい仏花を買いにいって、
枯れかけていた花を新しいのにかえて、
もう一回手を合わせて、
京都に帰ってきました。
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by ericosan | 2006-03-02 07:54